2026/6/21

DG17とAIで、私は何をしようとしているのか

DG17が日本でもリリースされましたが、今回は機能面の紹介ではありません。私自身がDG17とAIを使って何をしようとしているのか。そして、それがこれからの精研や刺繍業界にどう関係してくるのか。少し個人的な考察として書いてみました。

精研の樋口です。

2026年4月から、タジマの刺繍ソフトDGシリーズは16バージョンから17バージョンになりました。

よくお客様から、

「海外ではDG17なのに、なぜ日本はDG16なのですか?」

と聞かれることがあります。

私の理解では、ヘルプなどの日本語化に時間がかかるため、日本語版のリリースには少し時間差が出るようです。

ただ、今回の記事はDG17とDG16の機能面の違いを説明するものではありません。

今回は、私自身がDG17とAIを使って何をしようとしているのか。
そして、これからの刺繍業界に対して、私がどのような危機感を持っているのか。
そのあたりを、かなり個人的な考察として書いてみたいと思います。

ですので、この記事はすべてのタジマユーザーに役立つ内容ではないと思います。
ほとんどの方には関係のない話になるかもしれません。

それでも、もしかすると2人、3人くらいには何かの参考になるかもしれませんので、記事にしてみます。

今年の初め頃、私は急にAIでアプリケーションを作るようになりました。

きっかけは本当に些細なことでした。

私は毎年、年末になると体調を崩しがちなので、体調管理ができる簡単なアプリを作れないかとAIに聞いてみました。すると、30分くらいで簡単なアプリができてしまいました。

その時に、ふと思いました。

「これなら、会社の見積書もアプリ化できるのではないか」

そう考えて、最初にタジマ彩専用の見積もりアプリを作りました。
AIに言われるがままGitHubで公開し、スタッフの意見も聞きながら修正していくうちに、3月から正式に社内運用することになりました。

その後、見積もりアプリは3種類になりました。

彩、単頭機、少数頭機の見積もりを作成するアプリ。
多頭機や修理代など、自由度の高い見積もりを作成するアプリ。
そして、DG.NET SaaS専用の見積もりアプリです。

最初は何も分からなかったので、とにかく見積書が作成できれば良いと考えていました。

ところが、実際に作成シミュレーションをしていると、欲しい機能がいくつも出てきます。
その中でも、見積書番号を生成する採番機能と、郵便番号から住所を検索する機能は、言葉だけは知っていましたが、実際にはAPIを使う必要がありました。

APIという言葉は知っていても、基本的には何も分かりません。
それでもAIに言われるまま作業しているうちに、本番で使えるレベルになりました。

1月から3月の間は、アプリ作成がどのようなものかも分からなかったので、まずはコードが書かれている画面に慣れることを意識しました。
その結果、精研社内で実用に耐えるアプリケーションになりました。

この期間で、AIへの指示の出し方にはコツがあること。
また、AIのモデルによって得意、不得意があることも少しずつ理解してきました。

次に考えたのが、刺繍データ生成サービスはお金になるのか、ということでした。

何か新しいことを考える時、最初に頭に浮かぶのは、やはりそれがお金になるかどうかです。
つまり、動機はお金です。

一時期、メルカリやminneで刺繍データを販売していた人たちが、規約の関係で販売できなくなったという話題を知りました。
その時は特に何も感じなかったのですが、しばらくして急に、

「刺繍データの販売はお金になるのだろうか」

と疑問に思いました。

だったら、やってみようか。
そう思ったのが始まりです。

ただ、普通に刺繍データを作って販売しても、他の人たちと横並びになるだけで面白くありません。
まして、そういう活動をしている人たちの中にも精研のお客様がいます。

精研でやるなら、そうした方々にあまり迷惑をかけずに、刺繍データを販売する方法はないだろうか。

その考えが、テキスト刺繍データを自動生成するTexBot開発のきっかけになりました。

TexBotは元々、DG.NET SaaSと連携することを前提に考えていました。

DG.NET SaaSの刺繍エンジンは、テキストデータ作成に必要な情報を受け取って、自動で刺繍データを生成し、レンダリングまで行うことができます。
私はこの機能が特に好きです。

ただ、私なりの解釈では、DG.NET SaaSの本当の能力は、ECサービスと生産管理をつなげて一元管理できるところにあります。

一方で、DG.NET SaaSの刺繍エンジンは、ECサイトとつながらなければ、その能力を十分に発揮しにくい面があります。
自分のサイトとDG.NET SaaSを連携するには専門知識も必要です。
簡単に実装するには、かなり重たいシステムと言わざるを得ません。

もっとも、何百台もの刺繍機とネットワークでつながり、その上で刺繍エンジンまで搭載されているシステムです。
重厚なのは当然ですし、その分コストもかかります。

私はかなり自分勝手に、将来の刺繍は、企業も個人もこうしたネットワークシステムとつながっていくべきだと考えています。

今まで見える化できなかったボトルネックを見つけ出し、合理化していく。
限りある人的リソース、設備リソース、そして時間を効率化する。
そうすることで、刺繍に携わる企業や個人が発展していく努力をしなければならない。

私は勝手にそう思っています。
そして、そうなってほしいと願っています。

ただ、去年までの私は、そうした考えを観念的に話すことしかできませんでした。
DG.NET SaaSを紹介することはできても、自分でその周辺に必要な仕組みを作ることはできなかったからです。

それが、AIを使ってアプリを作れるようになってから変わりました。

DG.NET SaaSは、ShopifyなどのECプラットフォームに組み込むことで、顧客が自分で刺繍データを作り、製品をカスタマイズするような体験を提供できます。

しかし、入力フォームをDG.NET SaaS自体が持っているわけではありません。
そのため、実際に運用するまでには準備が必要です。

ECサイトの構築も、まだまだ専門性が高い分野です。
一度覚えても、頻繁にやっていなければ忘れてしまう類のものです。

つまり、誰でも気軽に扱えるものではありません。

そうなると、刺繍加工をする人だけでなく、刺繍を作ってもらいたい人も不便さを感じてしまいます。
結局、昔ながらの刺繍加工のルーチンに戻ってしまうのではないか。
私はそう感じています。

刺繍加工では、お客様と加工業者の間で、細かな注文のやり取りが発生します。
そのやり取りが煩雑になると、双方が疲弊します。

もちろん、何もないところからデザインし、刺繍データを作成する仕事であれば、綿密な打ち合わせや数回の作り直しは無駄ではありません。
むしろ、それこそが業務の真髄です。

しかし、オーダーシートで指示されたモチーフの選択、テキスト、色、サイズなどは、ある程度定型化された作業です。
刺繍加工業者が本来持っている技術や経験を必要としない作業のために、貴重な時間を使っている場合があります。

しかも、失敗した時のリスクだけは大きいのです。

これまで、刺繍機に関係する部分では、お客様にいくつかの提案をしてきました。
また、自社で解決できたことも少なくありません。

しかし、デジタル領域にはなかなか手を出せませんでした。

特にシステムに関係する部分は、私自身もさっぱり分かりませんでした。
その状態でスタッフに何かをやってもらうのは、さすがに無理があります。
見積作成アプリにしても、刺繍データの作成と運用に関わる仕組みにしても、そのためだけに専門的なスキルを持った人材を雇用するのも現実的ではありません。

精研はタジマ刺繍機を販売する会社だからです。

しかし、それも去年までの話です。

この半年間で、私は大きな括りでは9個のシステムを開発しました。
それらを実装レベルに落とし込むために、AIを使ってかなりの数のコードを作りました。

特にTexBotシリーズに関しては、用途の異なる4種類のテキスト自動生成アプリを作成しています。

これを実現できた大きな理由は、DG17のテキスト生成を自動化するプログラムを作ることができたからです。
そして、それをすべてノーコードで、AIにコードを書かせながら作りました。

少し自慢が過ぎたかもしれません。

ただ、私がこの記事で伝えたいのは、私がこうしたシステムを作れるようになって嬉しかった、という話ではありません。
それなら、システムの中身など紹介せずに、

「ノーコードでできますよ」

とだけ書けば済む話です。

私が伝えたいのは、私にできるなら、あなたにもできるかもしれないということです。

先週、TexBot Eventsというアプリがひとまず完成しました。

これは、カメラでオーダーシートを読み込み、必要な項目をピックアップして、刺繍データを生成するアプリです。
来月以降に行われる刺繍イベントで活用する予定です。

すでに社内でテストするだけの段階は終わりました。
次は実践で、このアプリが期待通りに活躍するのかを試す段階です。

もう、誰でもこうしたアプリを作ることができる時代になりました。

中身の構造が分からないから無理だろう。
専門家でなければ作れないだろう。
そう思ってあきらめていたことが、AIの進化によって実現できるようになっています。

ここで、少し話を戻します。

私は最初に、こうした開発をする目的はお金であると書きました。

では、もしTexBotのようなアプリを必要とする人が現れた時、私はこのアプリを販売してもよいのでしょうか。

私は、これまでにない価値はあると思っています。

見積もりアプリは、見積もり作成の煩雑さを少し楽にしてくれました。
TexBotは、見かけ上はDG.NET SaaSの刺繍エンジンのようなパフォーマンスを実現できています。

ただし、誤解のないように書いておきます。
TexBotとDG.NET SaaSは、根本的にまったく別の仕組みです。

DG.NET SaaSが適切に運用されれば、刺繍加工の効率化に大きく寄与することは疑う余地がありません。
システムとしても素晴らしいと思っています。

しかし、その効果を発揮するためには、刺繍加工でお客様が行ってきた生産体系を、かなり大きく見直す必要があると感じています。

特に生産管理については、刺繍加工の現場では、各社が独自のやり方で日々の生産を行っています。
規模によっても方法は異なります。
そして、そのやり方は失敗リスクを最小限にするために、細部まで考えられている場合が多いです。

そうした個々のお客様が日々の仕事の中で築いてきたやり方を捨ててまで、DG.NET SaaSに変える価値はどこにあるのか。

私はそれを見出さなければなりません。
同時に、お客様にもシステムに対するリテラシーを高めていただかなければ、宝の持ち腐れになってしまいます。

一方で、TexBotはDG.NET SaaSのように刺繍加工全体を変える仕組みではありません。
単純に、テキストを自動的に刺繍データにするツールです。

そして、最大の欠点もあります。

TexBotはDG17を毎オーダーごとに動かしているため、基本的には並列処理ができません。
同時にアクセスがあれば、順番に生成することになります。

最初の人が1分かかれば、2人目、3人目と増えるにつれて待ち時間も増えます。
10番目の人は、最短でも10分近く待つことになるかもしれません。

これは刺繍データのダウンロードサービスを本格的に行う上では、致命的な欠点です。

もちろん、この欠点を解消するためのロジックは私なりに考えています。
今後、並列処理できるように努力するとは思います。
ただ、仮にそれができたとしても、その詳細をブログで書くことはないと思います。

私が本当に目指しているのは、TexBotそのものを販売することだけではありません。

もし、TexBotのような業務アプリが他から出てきたらどうなるのか。
それも、今私たちがしのぎを削っているライバル企業からではなく、私たちのアンテナに引っかからない個人から出てきたらどうなるのか。
そして、それが恐ろしく低コストで提供されるようになったらどうなるのか。

この危機感は、10数年前にフォト刺繍に感じたものと似ています。

フォト刺繍の時は、写実表現ができないことが刺繍機販売に悪影響を及ぼすのではないか、という危機感がありました。
実際に、その兆候もありました。

そして今回は、AIによって、誰でも刺繍エンジンのようなシステムを作ることができる土台が、すでに出来上がりつつあります。

これからのライバルは、今までとは別の角度から刺繍業界に光を当ててくるでしょう。
すでにその兆候は表れています。

その時に、私たちの今のビジネスモデルが通用しなくなる可能性は大いにあります。

TexBotは、そのための布石です。

精研は9人の会社です。

その中で、AIを使ったアプリ開発に直接携わっているのは、今のところ私一人です。

しかし、これは私一人で何かをしているという話ではありません。
精研には、刺繍機や刺繍ソフト、メンテナンスに対する知識と経験を持ったスタッフがいます。
お客様に対して誠実に対応しようとする姿勢もあります。

刺繍機を販売し、刺繍ソフトを提案し、機械を納品し、困った時にはメンテナンスに伺う。
そうしたモノ売りをきっちり行うための土台は、精研にはあると思っています。

私は、これからの精研が目指すべき方向は、モノ売りをやめてコト売りに移ることではないと考えています。

むしろ、モノ売りをしっかりやる。
その上で、少し違う視点からお客様の仕事を見て、刺繍機や刺繍ソフトの使い方、業務の流れ、データ作成、受注方法、教育、運用まで含めて提案していく。

それが、精研にとってのコト売りなのではないかと思います。

そして、そこには精研 刺繍技術アカデミーも関わってきます。

刺繍機を売るだけではなく、刺繍を学ぶ場を作る。
刺繍ソフトを売るだけではなく、使い方や考え方を伝える。
アプリを作るだけではなく、現場でどう活用すればよいのかを一緒に考える。

そうした取り組みを積み重ねることで、精研は単に刺繍機や刺繍ソフトを販売する会社ではなく、刺繍に関わる仕事そのものを支える会社になっていけるのではないかと考えています。

モノ売りだけでなく、コト売りもできる会社。

ただし、その土台には、刺繍機や刺繍ソフトに関するしっかりとしたバックボーンがなければなりません。

AIやアプリ開発は、あくまで新しい道具です。
その道具を刺繍の現場にどう結びつけるのか。
そこに、これからの精研の役割があるのかもしれません。

今までは、刺繍機やDG17など、個別のモノの販売でビジネスが成り立っていました。
刺繍機はまだしも、刺繍ソフトは将来的に無価値化しても不思議ではありません。

つまり、モノとしての価値が薄くなった時、それでもタジマ刺繍機を販売し続けるのであれば、コト売りができなければ会社の存続は難しくなるように思います。

もし、そうした時代にならなければ、今まで通りモノを売って頑張ればいいだけです。

しかし、もしコト売りの時代になるのであれば、今から備えておかなければなりません。

DG17とAIを使って私が取り組んでいることは、単なるアプリ開発ではありません。
これから刺繍業界で起こるかもしれない変化に対して、精研としてどう備えるのか。
そのための試行錯誤です。

TexBotが成功するかどうかは、まだ分かりません。

ただ、少なくとも私自身は、AIによって刺繍業界の周辺にあるデジタル領域へ手を伸ばせるようになりました。
去年まで観念的にしか語れなかったことを、今は実際に作って試せるようになりました。

これは私にとって、とても大きな変化です。

そして、おそらくこの変化は、私だけに起きているものではありません。
刺繍業界にも、これから確実に入ってくる変化だと思っています。




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